秘湯の秘め事 その1

GWの後半の昨日から、ひとりで静かに考え事をするために、群馬県と長野県の県境の秘湯の宿に泊まっている。国道からグネグネ道の県道を20分以上ひたすら登り、その先は”危険きわまる道のため”との林野庁の達しで一般車両は通行止。自家用車は駐車場に停めると宿泊者には旅館の車が迎えに来てくれる。そこから更に5分ほどかかってやっとその秘湯の旅館に着くという。 


車の中で、おじさんが色々なことを教えてくれる。「この近くの峠の幽霊話が嫌で・・・」と、わたしが言うと、おじさんは「そんなの、なんていうことないさ」といった様子で”あそこ(指で示す)であった殺人事件”が迷宮入りになった話や、”さっきのダム”で何人も自殺している話など、ニコニコしながらお話しされる。おー、ブルブル。「ワシは猟や釣りをするから、いろんな動物や人間のこと見てきたさ」「ほれ、カモシカ」おじさん、殺人事件の後は、カモシカですか。確かに、人の数の方が圧倒的に少ない山の中、都会で密集した”ひとの集まり”の方が、異様に思えてくる。


おじさんは、旅館に着く手前で”一番綺麗な風景”のところで車を停めてくれた。「ここは紅葉の頃、本当に綺麗なんだ。写真撮るなら、車を降りてもいいよ。」車の外に出ると、人間や車が入って来ないせいか、鳥の声がドルビー音で前後左右から聴こえて来た。”紅葉の季節は、さぞかし綺麗だろなぁ”と思うと同時に、ふと、70年代に流行った映画で女主人公がラストにほど近い場面で飛び降りた設定の地はどこだったのだろうか、など思いながら、写真を撮った。 


車はついに見えてきた谷底にある宿の対面の崖っぷちに停められた。そこから谷底の川辺まで崩れかけた木を土に打ち込んだ階段を徒歩で降りてゆき(大きな荷物は宿の方が持ってくれた)、橋を渡るとやっと旅館に到着。「明治の建物なんで古いんですよ」とおじさんが教えてくれたけど、旅館というか山小屋というか、わたしのテレビや映画で見聞きした限りの時代感覚でいうと、昭和20年代後半くらいの世界観だ。 かつての有名作家が、この温泉宿のことを「    」と書いたというが、それから40年経った現在でも、まさにその当時のそのままの空間がここに存在している、というのが、ある種の感動を呼ぶ。ふと携帯を見ると圏外。本当に、時が止まっているのだ。それでもこの宿、70年代に映画化された小説の舞台になっていたことから有名で、わたしが来る数日前にも、人気俳優による連ドラのロケに使われ来週月曜日には、それが放映されるとのこと。 入り口にはこの旅館とは及びもつかぬような、今をときめく俳優女優たちのドラマのポスターが貼られており、その横にマジックで「貴族探偵 8日 夜9時より 8チャンで放映」と書かれいた。うちの娘の好きな嵐の相葉くんのサインが真新しく輝いていた。


実はわたしが予約を取ったのは1週間前。GWなのに1人1部屋で宿泊させていただけるなんて、と恐縮していると「1泊目は新館がなくて旧館ですがいいでしょうか・・・」と言う。なぁに、どっちにしろ古いんだろうからそれくらい、と思っていたら「廊下とは襖で仕切られているだけなんです」と。え~!テレビなどではよく見たことがありますが、夜中に人が通ったりしても筒抜けの・・・。いや、大丈夫、大丈夫。二日目にはちゃんとした扉と鍵がある部屋に行けるなら・・・と、予約を決行した。 到着した部屋は、身長165㎝のわたしなら天井に頭がこすれない程度の高さ、そこにコタツと、実家に帰ったら母が敷いてくれているような感じの布団(モコモコした毛布が何枚も重ねられた)が。「すいません、ここなんです・・・」案内の方に、すまなそうにされる。そんなこと言わないでくださいよ、なんだか、やりきれなくなる。唯一の心の支えは、この旧館はかつて伊藤博文が明治憲法の草案を作るために宿泊した棟であること。きっと、わたしも此処で”いい考え”が出てくるに違いない。 気を取り直して風呂に向かう。


シャワーもない内風呂。髪を洗うのは蛇口から。しかし、泉質は評判がいい。わたしがゆっくりとお風呂を楽しんだ後、更衣室に小学校低学年の女の子二人が入ってきた。母親同士が姉妹の3世代で山登りを楽しんでいるとのこと。「シブいところに泊まるねえ」わたしが言うと、「わたし達、山登りをするから、もっとシブいところに、たくさん泊まったことあるよ」と。そこにお母さんたちとおばあちゃんたちが。「ヌルヌルの泉質で、タイルが滑るから気をつけてね。」と女の子たちに言い残し、混み合う秘湯の更衣室を急いで後にした。 が、忘れ物をしたことに気づき20分後に戻ると、先ほどの女の子のお母さんが横になっている。滑って転んで腕を強打してなおかつ貧血だとのこと。「旅館の人に言いました?」と聞くと、まだです、とのこと。こんな山奥、救急車といってもどうするのだろう?「行きましょう!」妹さんと一緒に番台?フロント?へと急ぐ。ここから先は旅館に任せるがいい。なんたって明治創業以来、たくさんのことがあったに違いないのだから・・・ 


わたしがここにきたのは、頭と心の整理をするためだ。知らなかったけれど、Wi-Fiもフロント前に1日30分無料というものがあるだけ。不便である一方、電波が通じないというのは、本当に集中できる環境とも言える。宿の入口のすぐ横に、川のせせらぎや鳥の声が聞こえるあずま屋がある。まだ、部屋のコタツの中で作業するには勿体無い天気だし、あそこでパソコンを開こう。そう思ってそこに座っていると、さすがにGWとあって、多くの人が次々と崖を降りて宿に入って行く。どうも、わたしの泊まる旧館にはわたし以外に2組しか宿泊していないようだが、両脇に増築されたと思われる二つの新館は、家族づれや二人連れで満室のようす。 先ほどの怪我をされたお母さんが、肩から三角筋をして家族と旅館の人に連れられて崖の上を目指して歩いていった。あぁ、良かった。救急車やヘリコプターが来ていないから、頭は打っていないんだ。


人が集まるところ、いろいろなことがあるもんだ・・・そんなことを思いながら、一行を宿の入り口で見送ったわたしは、まだこれから起こる予想だにしなかったことが起こることを、全く知らないでいたのだった・・・(次回に続く) 


今日も、人生の扉を開けて出会ってくださり、ありがとうございます。 

最近、他の人に起こることは自分に起こっていることだ、と思っています。 

Mika Nakano Official Blog

軽井沢から、ライフ・文化・自己実現・現実化・コーチング・ピープルビジネスのエッセイをお届けしています。

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